ディスカバー

ズブロッカ

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ファーマータナカの迷酒珍酒カクテルストーリー。
(登場する人物年齢物語等は妄想と願望の産物であり、実在の人物等とは一切関係ありません、たぶん)

ロシア北部や北欧は寒さが厳しい(らしい)。
身体の芯まで素早く温めてくれるもの、とにかくアルコール自体が必要で、味や品質は2の次なのだ。
中世ではまだ蒸留技術が十分ではなく、残留物や癖のある風味を消すために、香草や果実で味付けするフレイバード・ウオッカが生まれた所以でもある。

ポーランドで保護獣となっている野牛「ズブラ」が好んで食べるという「バイソングラス」、ウオッカにそのエッセンスとその草自体も加えると、和風なテイストで言えば桜餅のような甘い香りのウオッカに生まれ変わる。

ただしこのバイソングラスに含まれるクマリンという成分、発がん性や肝毒性が指摘されているのだが、計算上1日50L(500mlボトルだから100本か)程で障害が出るというが、そんなに飲むならアルコール自体の危険度の方が心配だ。

🍷🍷🍷 ズブロッカ(フレーバード・ウオッカ) 🍷🍷🍷 

来店頻度はそう多くはないが、控え目で息の長いお客さんがいる一方で、鮮烈デビューの途端、毎日のように通い詰めたかと思うと、ある日突然来店が途絶えるるお客さんもいる。

T君は、歳の頃は16~7歳か、いわゆる不良という単語がぴったりの人相風体だ。
きっと喧嘩の勲章だろう、上の前歯が見事に1本欠落しており、笑うとまるで漫画のように滑稽だ。
初来店なのに馴れ馴れしく、ちょっと眉を顰めたくなったというのが第一印象だ。
若さ故の一挙一動は、手に取るように背伸び感ミエミエだったが、反面それが御愛嬌で憎めなくもない。

デビューのビールは鮮やかな極楽鳥をデザインしたパフアニューギニア産、その後の一撃は、なるほどスピリタス(96°のポーリッシュウオッカ)というのも頷けた。

その後は、年上でド派手な、今で言えばキャバ嬢風の彼女と手を繋いでやってくることも度々あった。
身振り手振り口振りはいかにも男尊女卑というか亭主関白風、だが本性なのかテクニックなのか、絶妙なタイミングでの優しさも併せ持っており、それはそれで実はちょっと羨ましくもあったのだが。

まだ来店し始めて間もない頃、神妙な面持ちで、
「マスター、是非大切なお話があるんで、時間を下さい。」
とか宣って、結局マルチ商法の勧誘だったこともある。
まあ、私を引きずり込むには100年早かったけれど・・・。

とはいえ、自分が彼と同じ年頃だった頃の事を思い返してみると、「自立」とは程遠い、甘ったれの最中にいたことは否定しようもない。
T君は、複雑な家庭環境もあったのだろう、傍から見れば危なっかしくてハラハラドキドキなのだが、酒も女性も仕事も、少なくとも自分の足で立っていることだけは相違なかった。

そんなこんなで、何故か妙に気にいられる事となり、きっと兄貴くらいに思ってくれていたのだろう。

その後しばらくはカウンターに座ると、冷凍庫でキンキンに冷やされた、微かにオリーブ色のトロリとしたズブロッカを愛飲し続けた。
ストレートグラスでのバイソングラスの微妙に甘い香りと酔いにしばし御満悦だった。
一方差しで毎回付き合うこととなったこちとらは、仕事とはいえウオッカのストレートがしんどいと思う前半戦があったのも事実だ。(後半戦は大丈夫だ)

T君の杯がチョット進み過ぎたとある日、キタキタ、
「マスター、今日は是非とも招待したいのでこれから付き合って下さいよ。」
と言い出す。
断ると後が結構面倒そうだし、兄貴としてはたまには面倒見てやらないとと観念しつつ内心喜ぶ。

結末は見えていた。
普段あまり足を踏み入れない文化街という歓楽街を梯子酒、上機嫌だった当の本人は、程なく呂律も回らなくなり千鳥足、止(とど)めに大ゲロを吐けばもうヘロヘロで、だがそれが妙に可愛らしくも思えたのであった。
何とかアパートを聞き出し送り届けたつもりだが、場所や時間を含めたご乱行は、次の日目覚めるまでに、完璧にディスククリーンアップされる「生き抜く術(すべ)」設定になっている。

その後ぽっつりと来店しなくなるのは、よくあるパターン。
忘れかけた頃、さも有りそうな話で、ホストクラブに仕事を変えた、という風の便りが届く。
野生のバイソンのボトルを見ると、何とか逞しく生き抜いていってくれと思う。

ズブロッカ

ウオッカストレート



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